本を読む、の本はどんな本でもいいのだろうか

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本を読むのが好きです。正確には物語を読むのが。ゲームが好きだからか、やっぱり剣と魔法のファンタジーは好きだし、ゲーム内のドキュメントを集めたり考察サイトを読むのも好き。

よく、本を読めという内容の話を聞いたりTwitterでみたりするけど、その本はどんなものでもいいんだろうか。

そういうことを発信してる人が言う「本」はなんとなくだけど「ビジネス書」のイメージ。あとは自己啓発本だったり偉人の人生とか考え方の本とか。

こんなことをTwitterで呟いたら、フォロワーさんが「好きな本を読めばいいんだよ」と言ってくれた。細かいところでうだうだ悩む私にとってとてもありがたい一言だったよありがとう!

たぶん私は本を読めと見聞きするたびに「児童書とかライトノベルとかを好きな自分」を否定されたように感じるんだろう。勝手に。何故か。

他ならない自分自身が、なろうの小説「なんか」ライトノベル「なんか」って思ってるんだろうな。自分を貶しているつもりが好きなものを貶していて自動的に気分がドン底に落ちる得意のアレです。

だからこの記事は「そんなこと思って勝手に傷ついてる暇があったら好きなことしなさいよ」と自分に言うための記事です。

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本は勝手に読むもの

個人的に本とは「読まなきゃいけないもの」ではなくて「読みたいから読むもの」のイメージなので本を読みなさいとか子供に本を読んで欲しいとかがよくわからない。

本なんて読みたきゃ勝手に読むと思う。それを「そんなもん読んで!」と止める方がなんだかなーと感じる。とても幸せなことに私の親は私が読みたいものを本でもマンガでも割と自由に読ませてくれた。父親が読むことが好きな人なので、いろんな本に囲まれて育ったのは感謝してる。

本を読むとか読まないの話を聞くとそういえば国語の長文問題で苦労したことはなかったなと。時間が切れるとか問題文に対してどこが答えなのかわからないと溢す友人はいたけど、どこが解らないのかが解らなかった。そこに全部答え書いてあるじゃん、って。

なろうの小説やブログは本とは別?

小説家のなろう、の小説とかブログとかは本では無いのかもしれないけど一冊にまとまったらそれは本になる。

そこの区別なんてつけなくていいんだろう。好きなものは読む。苦手なら遠慮する。それでいい。そんな簡単なことなのに私はあーだこーだ文句つけて「いやそれは違う」とか言うんだなぁ。なんでだろう。文句言うのが好きなのかな、それはそれで凹む。

ネガティブは置いといて、個人的にはなろうの小説は読みやすい形態だと思う。文章が、ではなく小説家になろうの体裁が。このブログも読みやすい形式にしたいなーと思いつつ大分経ってる。個人で運営するサイトやブログはデザインとかが本当に面倒だ。だからnoteを使う日もある。

私もいつかいろんなこと(それこそゲームの話だけでなくいろんなこと。具体的に出てこないのがまだまだだな)をまとめた本を出せたらおもしろいな、と思う。

ブログやnoteやTwitterを読んでもらっていることそのものがとても嬉しいけど、いつか形に出来たら素敵だな。

本の記事を書いたから、何か読もう。今日は何の本を読もうかな。

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